2008年04月04日

すべてを犠牲にして戦うことの価値を知ることだけでも、充分に価値のあることなのだ。 ドゥンガ

ある大きな目標を達成すれば、それだけ喜びも大きい。そこまでには犠牲を払うこともあるが、やはり目標を達成した喜びによって報われてしまうものである。それが滅多にないチャンスに恵まれて目指せる目標なら、なおさら喜びは大きい。もしそういう機会に恵まれたなら、すべてを犠牲にしてでも挑むべきだ。人間には、そういう時がある。すべてを犠牲にして戦うことの価値を知ることだけでも、充分に価値のあることなのだ。

ドゥンガ・1963年10月31日生まれ、元プロサッカー選手



PROFESSIONAL勝者の条件―勝ち残る者と敗れ去る者の違いとは









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2008年04月12日

一度グラウンドに入ったら、自分の味方のことだけを考えるようにしている。 ドゥンガ

一旦グラウンドに入ったなら、自分の味方あるいは友達というのは、自分のユニフォームであり、チームメイトだけである。それ以外のものすべては、たとえ家族であっても決して味方ではない。(略) だから私は、一度グラウンドに入ったら、自分の味方のことだけを考えるようにしている。

ドゥンガ・1963年10月31日生まれ、元プロサッカー選手



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2008年04月19日

サッカーは大きく分けると練習と試合の二つに分かれる。 ドゥンガ

サッカーは大きく分けると練習と試合の二つに分かれる。私は練習は戦いの場であって、試合は戦争の場だと思っている。練習は試合に出場するための戦いの場であって、他の選手とポジション争いをして自分のプレーに磨きをかける場なのだ。また、他の選手との戦いの場であると同時に、自分との戦いの場でもある。これはどんな時でも、どんな場所でも変わらない私のプロフェッショナルとしての哲学だ。

ドゥンガ・1963年10月31日生まれ、元プロサッカー選手



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2008年04月30日

私はサッカーも人生も毎日が勉強なのだと思って生きてきた。 ドゥンガ

私はサッカーも人生も毎日が勉強なのだと思って生きてきた。毎日毎日、自分が学ぶべきことが必ずあるはずなのだ。もし、ある人が「もう学ぶことはない」と言ったとしたら、その人は後から入ってきた人に追い越されてしまうだろう。 これでいい、もう勉強しなくていいということはない。現役を引退したとしても、私の考えは変わらないだろう。(略)何歳になっても何かを吸収しようという気持ちが大切ではないか。何かをやろうとする時に遅すぎるということは絶対にないのだ。注意深く物事を観察する目を備えていて、自分に誠実に振る舞っていたなら、学ぶことはいくらだって出てくるはずだ。

ドゥンガ・1963年10月31日生まれ、元プロサッカー選手



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